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時代を担う青年達へのメッセージ

縁という不思議な道標

縁は現世の生命を蜘蛛の糸のように繋ぎあわせ、それを育む不思議な力を持っています。東京の真珠養殖会社の社長との出会いがなければ彼の人生も又変わっていたではずである。相談を受けた真珠のバロック珠を面白く商品化する手立てを寝ても覚めても考えるようになたのです。そんな中、(1976年)ルネ・ラリック氏の作品を目にする機会があり、その作品の美しさとデザインの虜になり、デザインの奥深さと見るものを魅了するパワーを体感したのです。これも又縁と言えましょう。 そして自らもそのような作品を作り出したい考えるようになり、宝石デザイナーの道を歩み出しました。 六本木のスナックの経営者から宝石デザイナーへの転機は、どうみても結びつきません、これも又縁という大きな力の作用といえば一言ですが、それを受け入れる彼の柔軟な脳細胞と、幼い頃に培った性根と集中力や想像力が自信の源になっているのは明白であります、それに加えて少年のように純粋で好奇心旺盛な遊び心が彼の背中を押し続けたんだと信じてます。

1976年~修行時代

目標や手本があるとないとでは雲泥の差が出てきます。概ね一芸に秀でて名を馳せた人でも、目標がなければ成長は止まってしまいます、常に高みを見続ける事が肝心なのだと、そして目標は高ければ高いほど良いと言う。 「ルネ・ラリック」に影響を受け、目標にするならこれほどの指針はざらにないはずである。 数年経ったある日、バロック珠を面白く作品にする考案がまとまりました。因みに「バロック珠は、かなりいびつな形です。養殖業者からすると失敗作ですが、ユニークな形は宝石プロデューサー志願の彼にとって、創作意欲をそそったのは当然で、価格の安さも魅力的なものでした。

独立

1995年、デザイナーとして独立が叶いました。自宅からスタートし、東京の銀座で仲間と共にプロディース。その後、関西に帰郷し宝塚の雲雀丘に独立して工房をオープン。西宮、芦屋と工房を移転し、2004年、現在の芦屋ラポルテの工房経営にいたりました。 彼の作品にはモチーフがなく時間を忘れ没頭し無心の中に思い描いたものが、作品の完成につながっています。

ルネ・ラリック

ルネ・ラリック(1860-1945)は二つの創作分野で頂点をきわめた類まれなクリエーターとして知られています。アール・ヌーヴォーのジュエリー制作者として名声を得たのち、アール・デコのガラス工芸家として活躍。その顧客名簿には女優サラ・ベルナールや詩人ロベール・ド・モンテスキュー伯爵らそうそうたるメンバーが名を連ねていました。 華やぎのジュエリーから煌きのガラスへ、小さな手作りの世界から近代的な産業芸術へと広がりをみせたラリックの美の世界は、生誕150年を迎えた現在も変わらず輝き続けています。

店主の言葉「お客様と一緒にお客様の思いを形に」

宝石のすばらしいところは、単なるモノとしての価値だけではありません、想い出という人生を振り返ることができるところにあります。 ですから、私たちがおつくりするジュエリーはお客様と共に人生を過ごせるジュエリーであるべきだと考えています。 人生を共に過ごせるジュエリーにはたくさんの笑顔が集まり、広がり、その笑顔は次の世代へと繋がります。 私たちはお客様と一緒にお客様の思いを形にし、 お客様ひとりひとりの笑顔が広がり、未来へ繋がるジュエリーをつくりたいと願っています。

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