物を人様に提供するのは、確かなものであることは原則です、そしてその「確か」というものは「確か」な人からでしか生まれて来ないものなのです。まずは彼の人となりをご紹介させていただきます。ブログはこちら→

錺一筋
幼・少年期

技術力の高い中小企業が多数立地するものづくりのまちとして全国に知られる大阪市は生野区、中でもゴムと硝子工業が有名。そんなものづくりの町で生まれ育った彼は幼き頃より数多の職人達の中で育まれました。 今日の彼の姿はまさにその町そのものを彷彿させています。

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昭和20年台
青年時代

高度成長時代を迎えて日本が最も華やいでいたとき。夢を追いかける日々と幾度となく挫折を繰り返した多感な時代です。 数多の出会いと数多の別れを繰り返し、人は縁によって育まれていくものだということを心底噛み締めていらしたようです。 好きな言葉・・・一期一会

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昭和30年台
修行時代

宝石との出会い、それは忽然とやってきました。生涯をそれに捧げる決意をしたとき、高度成長のピークを迎えた我が国では、もの作りを目指す若者が減少の一途を辿り、少数派を選択した彼の人生は、これより大きな転機を迎えることになりました。 座右の銘・・・己に勝つ

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昭和40年台