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時代を担う青年達へのメッセージ

誰もが東京に憧れた時代

誰もが一花咲かせようと東京へ!そんな時代でした、日本という国が最も華やいでいたとき、当時は高度成長の最中、夢を抱いて上京、そして夢破れ、故郷へ帰る人も後を絶たない時代でもありました。それほど世の中は甘くないと一言で片付けられる時代でもあったのです。 そんな時、彼は兵庫県西宮市で飲食店の経営をされていました、店はまずまず繁盛しており、何も冒険をする必要もない境遇でありながら東京行きを決意したのは、どんな心境の変化だったのかは詳しくは語ってもらえませんでしたが、一言「東京で一花咲かせたい!」とだけ伺ったとき、彼も又夢を追い続けている一人なんだと、そしていつまでも少年であり続けた・・いやそうありたいと願う心が彼を東京へ向かわせたのかも知れません。

いざ東京へ

東京は怖いところだ

いざ東京へ

東京に降り立った第一印象は「怖いなぁ・・・」
東京砂漠とはよく言ったものだ、人が多いのは当然、そして欲望の渦巻く街。こんなところで人様と同じ事をやっても勝てるわけないと直感的に感じだそうです。 人を押しのけて勝ちたいとは思わないが、負けるのは嫌だ!人のやらないことをやってやろうと決心した彼は、しばらくは街を、人を、建物をはじめ、ありとあらゆるものを観察する事からスタートしたのです。 そして辿り着いた方向性は「女性をつかめ!」だった。 ブームの背景には必ず女性がいる、「ゴルフ」「ボーリング」女性がはじめれば必ずブームになる習いがあるではないか。 それに着眼した彼は早速六本木にスナックをオープンしたのです。といっても普通のスナックではありません、今で言う「イケ面」のオネエをたくさん雇い、女性を喜ばせる事にこだわった店作りをはじめたのです。そして女性客には必ずと言っていいほど男性客もついてくるという彼の狙いはズバリ的中して大ヒットし、たくさんのお客様にご来店いただきました。

人生を変えた不揃いの真珠

お店を開いて3年半が経った頃、とある方との出会いが彼の人生を大きく変えた。 それは、東京の真珠養殖会社の社長さんでした。真珠養殖業の中で、商品としてあまり高値がつかないバロック珠といわれる形が不ぞろいな真珠をどうにか商品に出来ないかという相談がきっかけでした。
バロック真珠について・・・ 真珠は「貝の体内にできた貝殻である」(1717年レオミュール・仏)という言葉の通り、貝の自らの貝殻を作る機能から作られています。 真珠養殖では、一般に貝(母貝)の体内に別の貝の外套膜の小片(ピース)を核とともに挿入しますが、この小片は核を取り囲み真珠袋を形成し、その内部に真珠を作り始めます。 真珠のかたちは基本的に核に規定されるので、通常丸い真珠を作るべく球状の核を使用しています。 にもかかわらず、できあがった真珠は様々な形をしています。 八方ころがしと呼ばれる真円真珠が最高級と賞賛される一方で、ドロップ・バロック・サークル等変形の真珠も多く出現します。 ここがまた、生物の作り出した宝石《真珠》の魅力だともいえましょう。 これらのバロック真珠は市場においては、一般に評価が低いものですが、そのユニークな格好、世界にふたつとない個性的な風貌などが、真珠好きな方にたいへん好まれます。

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